月塞がり

サークル LoastedSeaweed

BELLFLOWERという映画を見た

ベルフラワー

7月最後の日。

うだるような暑さの中、打ち合わせのためのスーツ姿で、その晩のクラブイベントのための4kg近い機材をビジネスバッグに詰め込んだなんとも奇妙な出で立ちをした僕は、暑さからの避難場所を求め渋谷の街をさまよっていた。

喫茶店もファミレスも、どこもかしこも超満員。

行き着いたのはアニメイト渋谷店。

だけどもはや全身汗だく。

とてもアニメのことなんて考える気にはなれなかった。

そうして入り口に平積みされている8月分の月刊誌の山を見回すだけにして店を後にした僕は、このある広告を見つける。

シアターN渋谷。

アニメイトの上にあるミニシアターだ。

 

 

 焼き殺したいほど、愛してた—。

 

 

燃え盛る炎を背景にこちらを向き歩む男に重なる鮮烈なコピー。

一体、何の映画なのかさっぱりわからない。けれど気になる。猛烈に。

瞬きの度に大粒の汗がまぶたを伝う。

僕に選択の余地はない気がした。

この映画を見よう。時間ならある。

 

 

結論から言って、これは映画なんて呼べるものじゃなかった。

いや言い換えよう。

この映画を見るまで、僕は映画というものを誤解していたようだった。

 

 

と、いう程ひとより映画を見ている訳ではない。年に数本、話題作だけ暇つぶしに見る。深夜の幹線道路を走りたくなって勢いで飛び出し、手持ち無沙汰でひともまばらなレイトショーにすべりこむのが好きだ。

そんな僕が知っている映画というものの認識は、すべて瓦解することになる。ショックだった。

ショッキングな映画というのはいくつか見たことがあった。

でもそれとは違う。

この映画のストーリーに、僕の人生に重なる箇所なんて一欠片もない。なのに涙があふれそうになってくる。

懐かしさと憧れとが同時に沸き上がってくる。喜怒哀楽のすべてがある。

まるで自分自身のそれを追体験しているかのような錯覚。

特別製だという独特なカメラの被写界深度、色合いは僕が普段見ている世界の見え方と全く同じ、それ以上に鮮明に説得力を持っているかも知れなかった。

耳鳴りのような音楽もそうだ。時に叙事的で、時に暴力的な音の世界も、僕はこれをすでに知っているという感覚がずっとある。

 

 

この映画は脚本のテーマ通り、失恋を表現しているのだと思う。

取り戻せなくなった焦がれるような切ない想いだ。

見たものの心を容赦なく焼き尽くしてくれる。

二度と見たくなんかないと思うかも知れない。けれどきっとまた見ることになるだろう。それが恋の夢というものだ。ヒトをそうさせてしまうものなのだ。

 

 

鑑賞から40時間くらい経過して、ようやくあのショックを言葉に書き換えることが出来た。

凄まじい映画だった。

ぜひ見て欲しいから、思いの丈を書き綴っておく。